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2008年5月 7日 (水)

ミンドロだより 5/7 ~初めての献血から見えたもの~

Chona

4/18に私は初めて献血をしました。(今まで痛そうで怖いので避けて通ってきました…)O型の血が不足しているから献血をしてくれないか、とのこと。私が献血をすれば子どもの命が助かるのだそうです。私は快く引き受けました。

快く引き受けたものの、フィリピンの医療行為に疑心暗鬼の私。

針は使い捨てとは聞いていましたが、本当に大丈夫なんでしょうか・・・

私は不安を抱えながらベンチのような椅子に横になりました。そしてボールペンの先くらいの太い針を腕に刺します。血はその針を通り、細いチューブを通って、床においてある血液パックに詰められていきました。

・・・とりあえず、無事に終わり一安心です。

私が血をあげた相手はチョナ・チアゴという9歳の女の子です。

2008_0422inpillipne0057チョナのベッドの横にある診断カードには“貧血”とだけ書いてあります。

チョナは、細くて、小さくて、とても9歳には見えません。おそらく栄養状態が良くないのでしょう。爪も伸びているし、手でご飯を食べる習慣があるので、これではバイ菌をたくさん口に運んでしまいます。さらに、何か様子がおかしいと思ったら、首から背中にかけてゆるくカーブしています。なにかの病気か事故で曲がってしまったんでしょうか?・・・

このチョナにまつわる輸血の話には様々な問題が見え隠れしています。

なぜチョナの背中は曲がってしまったままなのか。

それはチョナが3歳の時でした。マンニャンの家は高床式が多いようなのですが、蝶でも追いかけていたのでしょうか、何かの拍子にチョナは家から落っこちて、首の付け根を強打してしまったのです。

すぐに大人たちはチョナを治療しました。

でも、その治療というのは、いんちき治療、傷につばをつけてなぜるというだけのものでした。あとは家に寝かせてハーバルメディスン(薬草)を飲ませ、自然に治癒するのをまちました。

・・・・すぐに病院に行かなきゃ!骨が折れているかもしれないのに!

読者の皆さん、そう思いましたか?

そうです、本当はすぐに病院に連れて行けば、チョナの骨はまっすぐに治っていたかもしれません。病院に連れて行かず、適切な治療を施さなかったのでチョナの骨は曲がったまま固まってしまったのです。

なぜ病院に連れて行かなかったのでしょうか?

それは、マンニャンは病院を信じていなかったからです。

チョナがケガをしたのは今から6年前の2002年です。この時のマンニャンに対する病院の態度というのはひどいものでした。くさい、来るな、出て行け、と追い払うのです。

この頃の医療の実態は国金さつきさんのミンドロレポートを読むと良くおわかりいただけます。http://www.21ca.ac/21c/satsukimin4.html

こんな現状では病院を信じるはずがありませんし、怖いとすら感じてしまいそうです。

病院に行かなかったのはチョナばかりではありません。カラバオ(水牛)から落ちた、木から落ちた、そのあと適切な治療をされず体に不自由を持ってしまった子どもたちが多くいるのです。21世紀協会のボランティアスタッフ、プリシラもその一人で、幼い頃に頭を打って適切な治療をされなかったために、後遺症で片腕が利かず、歩き方がぎこちないままです。

このままではいけない、と21世紀協会は支援に乗り出しました。病院にはマンニャンを拒否しないように促し、医療体制をよくするよう働きかけました。一方マンニャンに対しては、いつもボランティアスタッフが付き添い、問診し、症状を病院に伝えるよう努めました。今でもそうです。

2004年くらいになると、マンニャンは病院を信じるようになり、今では毎日のように結核やその他の病気にかかった患者たちが山から下り21世紀協会を訪れています。互助制度が確立されるにしたがってますます患者は増えていくかもしれません。

私たちは患者に対するフォローアップの質を上げるために、薬に関する知識、観察力をつけ、患者の管理をミスすることなく徹底していかなければなりません。

ボランティアスタッフ一同、今一度気を引き締めて業務に取りかかる必要があります。

ひよこ ミンドロより

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コメント

若輩ながら、コメントさせていただきますtyphoon
北国の爆弾ボーダーKですsnow

やはり、いま自分たちがいる日本の生活からは想像もできない生活が、僕等の生きる時間と同じくして流れているんだねwobbly

子供達にその焦点を当てると、その不安定さは際立って感じられ、
自分が生まれ育った日本では、たくさんの問題を抱えながらも、医療や福祉が十分に機能しており、自分自身や家族が、その恩恵を受けて今日までやってこれたことや、次代を担う子供達にそういったものを与えてあげられることを素晴らしく思う。

しかし一方で、現在の日本では、連日ニュースや新聞を騒がせるのは、人のいのちを簡単に殺めたり、自らのいのちを絶ったり、たくさんの大切なものが、希薄化されてしまっているのではないかと感じたり。

恵まれれば、その大切さを失ってしまうのは、人間の性なんだろうが…。

ひよこさんの日記を読み、関心したり、足りない頭で考えていると、自分の悩みがちっぽけなものだと感じますsad

様々な体験、経験をして、一回りも二回りも大きくなっていることでしょうbud
くれぐれも身体に気をつけてくださいねshine

投稿: K | 2008年5月 8日 (木) 20時57分

 ひよっこさんの日記は非常に読み応えがあります。毎回ご苦労様です。ありがとうございます。
 ひよっこさんの文章を読むと、目をふさぎたくなるような現実の壁を感じます。援助の現場というのは、細かいところでたくさんの壁が存在しているんですね。
 まだまだ勉強不足です。私もひよっこさんのように現地で活動できるように、日々勉強の毎日です。

投稿: けこぴー | 2008年5月13日 (火) 03時51分

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